喧嘩:弟子サイド


ああもう。ああもうホントに腹が立つ。
恐らくボクは今ひどい顔をしているのだろう。真一文字に結んでいた口のあたりに変な疲れが出てきて、しまいには神経がピクついてきた。普段使わない筋肉を使った証拠だ。ハラワタが煮え繰り返るってこういうことを言うのかもしれない。
そこまでボクが腹を立てている対象は、他でもない、大好きなレイトン先生だ。
いつもはこんなにすごい人いないって素直に思えるし、実際そうなんだけど、今はそう思うこと自体が、なんというかシャクだ。そういう気持ちのまま、ボクは勢いで部屋にこもってしまった。
ん? なんだろうこの臭い。ボクはそうっとドアを開けてみる。
……うわ、先生タバコなんか吸ってる。先生がタバコを吸ってるのなんて初めて見た。というかあんな立派なパイプ持ってたんだ。
タバコっていうのはイライラする時に吸うものだというイメージがある。ということは、先生は普段吸わないタバコを取り出すほどイライラしているということだろうか。なんだか無言でそう言われている気がする。卑怯だ。最悪だ。そしてやっぱりタバコは臭い。
ボクはガラっとやや乱暴に窓を開けた。先生にも聞こえるくらい。先生が先にタバコを吸い始めたんだから、これくらいの当てつけは許されていいと思う。
火照った顔に冷たい風が気持ち良い。そうだよ、楽しいことを考えよう。もうすぐ秋も終わるなあ、そろそろ厚めのセーターを出した方が良い時期かな。ええと、どこにしまったんだっけ……。
あ、クロゼットの上の棚だ。あそこは先生じゃないと届かない。そういえば春先も先生がしまってくれてたっけ。
うう……楽しい事を考えようとしたはずなのに、なんだかモヤモヤする。ボクはボスンとベッドに寝転んだ。
窓からは鳥が見える。ケンカしたの? だって。仲良くしなきゃダメだよ、って、そんな簡単な問題じゃないんだよ。
「だって、ボクは悪くないんだから」
きっかけはハッキリどちらからとかではなかったけど、少なくとも先生があんな言い方しなければボクだってここまで意地を張らなかった。
なんだかまだタバコの臭いがする気がする。いやだなあ。そう、先生が悪いんだ。先生が……



モヤモヤっと、嫌な気分で寝転んだのは、覚えている。タバコの臭いがしてたのも。
今は、どうだろう。タバコの臭いはしない。いや、むしろ良い匂いだ。リビングの方からハーブティーの匂いがする。
時計を見ると、いつの間にかアフタヌーンティーの時間になっていた。
そっか、あれから寝ちゃったのか。窓も開けっ放しで寝ちゃったなあ、寒……
……くない。はっと窓の方を見る。閉まっている。ガバっと起き上がると、バサリと音を立てて床に何かが落ちた。ブランケットだった。
寝る前に無意識に窓を閉めたなんてありえないし、第一このブランケットはボクのじゃない。
「先せ……」
急に鼻の奥がきゅうっとなった。
ボク、なんであんなに怒ってたんだろう。
先生もまだ怒ってるかな。リビングに出て行って、嫌な顔をされないかな。
でもどっちにしろブランケットは返さなきゃいけないし、ボクもお茶にしたいし、それに……先生と話したい。


しょうがないな、今回はボクが先に折れますよ。
ボクはブランケットを抱え、ゆっくりとドアノブをひねった。